「叔父さん!」
とクリストフは繰り返して、彼の膝に両手とあごをのせた。
「それはなんなの?叔父さん!教えておくれよ。おじさんがいま歌ったのは何なの?」
「知らないよ」
「なんだか言っておくれよ」
「知らないよ。歌だよ。」
「叔父さんのこしらえた歌かい?」
「おれんなもんか、馬鹿な!‥‥古くからある歌だよ。」
「も一つ歌ってくれない?」
「なぜも一つ歌うんだい?一つでたくさんだよ。
歌いたい時に、歌わなけりゃならない時に、歌うものだ。おもしろ半分に歌っちゃいけない。」
「だって、、音楽をこしらえる時には?」

「これは音楽じゃないよ。」
子供は考えこんだ。
よくわからなった。
でも彼は説明を求めはしなかった。
「だって、おじさん、他のを、新しいのを、こしらえることは出来ないのかい?」
「なぜこしらえるんだ?もうどんなんでもあるんだ。
悲しい時のもあれば、嬉しい時のもある。疲れた時のもあれば、遠い家のことを思う時のもある。
自分が賤しい罪人だったから、虫けらみたいなつまらないものだったからといって、自分の身が厭になった時のものもある。
他人が親切にしてくれなかったからといって、泣きたくなった時のものもある。
そしていつも親切で笑いかけてくれるような大空が見えるからといって、心が楽しくなった時のものもある。
‥‥‥どんなんでも、どんなんでもあるんだよ。なんで他のをこしらえる必要があるもんか。」

「えらいひとになるためにさ!!」
ゴットフリートは穏やかな笑いをちょっと見せた。クリストフはちょっとむっとしてたずねた。
「なぜ笑うんだい!」
ゴットフリートは言った。「ああおれは、おれはつまらない者さ」
そして子供の頭を優しくなでながらたずねた。
「じゃあお前は偉い人になりたいんだな。」
「そうだよ。」とクリストフは得意げに答えた。
彼はほめられることと信じていた。
しかしゴットフリートはこう答え返した。
「なんのために?」
クリストフはまごついた。考えてから言った。
「りっぱな歌をこしらえるためだよ!」
ゴットフリートはまた笑った。そして言った

「偉い人になるために歌をこしらえたいんだね、そして歌をこしらえるために偉い人になりたいんだね。
お前はしっぽをおっかけてぐるぐる回ってる犬みたいだ。」
クリストフはひどく癪にさわった。やり返してやるべき議論か悪口を考えたが、見当たらなかった。
「おまえがもし、ここからコプレンツまであるほど偉大な人になったにしろ、たった一つの歌もとうていできやすまい」








ある晩、
ゴットフリートが歌ってくれそうもない時、クリストフは自作の小曲をひとつ彼に示そうと思いついた。作るのに大変骨折ったものであり、得意になってるものでもあった。自分がいかに芸術家であるかを見せつけたかった。
ゴットフリートは静かに耳を傾けた。それから言った。

「実にまずいね、気の毒だが。」
クリストフは面目を失って、答うべき言葉も見いだせなかった。
ゴットフリートは憐れむように言った。
「どうしてそんなものをこしらえたんだい?いかにもまずい。誰もそんなものをこしらえろとは言わなかったろうにね。」
クリストフは憤りのあまりまっ赤になって言い逆らった。
「おじいさんは僕の音楽を大変いいと思ってるよ!」と彼は叫んだ。
ゴットフリートは平気で言った。
「そりゃもっともに違いない。あの人はたいへん学者だ。音楽に通じてる。ところが俺は音楽をよく知らないんだ。」
そしてちょっと間をおいて言った。
「だがおれは、たいへんまずいと思う。」

彼はクリストフをおだやかに眺め、その不機嫌な顔を見、微笑んで言った。
「他にもこしらえた節があるかい。今のより他のものの方が俺は気に入るかもしれない。」

クリストフは他の節が最初のものの印象を消してくれるかもしれないと考えた。そしてあるたけ歌った。ゴットフリートはなんとも言わなかった。彼はおしまいになるのを待っていた。
それから、頭を振って、深い自信ある調子で言った。
「なおまずい。」
クリストフは唇をくいしめた。顎が震えていた。泣き出したくなっていた。
「実にまずい!」

クリストフは涙声で叫んだ。
「では、どうしてまずいというんだい?」

ゴットフリートは正直な目付きで彼を眺めた。
「どうしてって?‥‥おれにはわからない‥‥お待ちよ‥‥実際まずい‥‥
第一、馬鹿げてるから‥‥そうだ、そのとおりだ‥‥馬鹿げてる、何の意味もなさない‥‥そこだ。
それを書いた時、お前は何もいうべきことをもっていなかったんだ。なぜそんなものを書いたんだい?」
「知らないよ‥」とクリストフは悲しい声で言った。
「‥美しい楽曲を書きたかったんだよ」

「それだ。
お前は書くために書いたんだ。偉い音楽家になるために、人からほめられたいために、書いたんだ、お前は高慢だった、お前は嘘をついた、それで罰を受けたんだ‥‥そこだ!
音楽では、高慢になって嘘をつけば、いつでも罰を受ける。
音楽は謙遜で誠実であることを望む。もしそうでなかったら、音楽はなんだろう?神様にたいする不信だ、冒涜だ、正直な誠実なことを言うために美しい歌を我々に贈ってくだすった神様にたいしてね。」






ジャン・クリストフ(1904-1912) ロマン・ロラン著 より






close